しらす
勝手に片想いしてたのに勝手に失望して好きじゃなくなったあの子に似てる子を見かけて、私はもうあの子にわざわざ連絡を取って会うこともないんだろうな、とか思ってみたりする。友人経由で会う機会はこの先何度かあるんだろうね。別れ際、実現する気は全然ないのに、また今度ご飯行こうね、とか言ってみたり。タイミングか用事があったら実現するかもしれないけど、他の好きな人間と並べてみたとき、もう私の中では別に優先順位は高くなくて。存在してるようで存在してない好意。

特別可愛くも特徴もない服を着たあの子が、髪のハネをしきりに気にしながら電車に乗って出掛けるその先が、なんとなく結局私は仲良くなれなかったあの男の子の家だったりするのかなとか。あんなにちゃんと興味があったのに、もう、何もない。

あんまり話の弾まない友達で埋まっていくスケジュール。愛想の無駄遣い。そんなことするくらいなら、もっとちゃんと、一番好きな人間に、素直に大事にきちんと好意があるって伝えるべきなのに。使わなくていいところの分をきちんと貯めておいて使うべきところで使えたらいいのに。
混ぜ込みわかめのたらこが欲しかったのに、最寄りのドンキにない。しょうがなく買う、しらすの混ぜ込みわかめ。もう一緒に住んでない弟はたらこよりしらすが好きだけど。
友人からの人間的好きすら同レベルを返せないことに、わざわざつまずいてる場合じゃない。だって私だって、軽々しく好きって言ってるじゃん。ホントに思ってんのかなあれ。

いやでも好きな人間とのご飯はなんでも美味しい。私とその子でご飯の美味しさが違ったらちょっとさみしいね。
だからやっぱり、あれ、この子好きじゃない、が一番悲しい。でも、その悲しさも、好きのひとつかもしれない。